年 月 電気通信協会の歩み
昭和40年
12月

◆ベルボーイサービスを目的とする新会社設立準備事務所を協会に置き、その開始について側面から協力した(当時の日本通信サービス株式会社)。
昭和41年
4月

★「電話技術通信講座」社団法人全国電話設備協会の通信教育教材の印刷を受託
(年4回発行)
5月 ◆春の叙勲受章者への勲章伝達
生存者叙勲に際し当協会から推薦した受章者のうち勳七等受章者に対しては、当協会会長から伝達することとなり、以来毎年春秋の叙勲に際し、当該受章者への伝達を行っている。
昭和43年
3月

★「関東電信電話百年史」の刊行
電電公社関東電気通信局より企画・編纂により受託、上・中・下3巻を完了した。
4月 ★「プログラム学習によるFORTRAN」電電公社編の刊行
5月 ◆協会創立30周年
6月 ★「30年のあゆみ」(パンフレット)作成配布
★「プログラム学習によるCOBOL」電電公社編の刊行
上記の4月と6月刊行のFORTRAN とCOBOLの2書は電電公社のソフトウェアの専門家と訓練の合作になる全く独自な編集方針で制作された。教材用図書としても最適で多大な成果を収めた。
11月 ◆第1回電気通信産業功労賞贈賞
協会創立30年記念事業の一環として、従来の電気通信協会賞のほかに新しい顕彰制度が制定され、その第1回が贈賞され今日まで毎年勤労感謝の日の近くで贈賞が続けられている。
昭和44年
2月

◆名古屋資料計算株式会社設立
東海支部の資料計算部門を分離し新会社として発足
6月 ★電電公社施設部門「職場訓練用教材」58点を保全局編集により発行
10月 ◆協会事務所の移転
東京都千代田区有楽町1-12-1新有楽町ビルへ
12月 ◆協会は通信教育業務を行うことになり、初めに「プログラミングフォートランプログラム」をテキストにした通信基礎講座を始めたが、昭和51年1月でこの業務を解消した。
昭和45年
3月

◆近畿支部で万国博覧会の電気通信館運営に協力
4月 ◆電電公社からコンピュータ関係ティーチングマシン用カラースライドの制作を受託
◆近畿資料計算株式会社の設立(神戸資料計算センターを発展させ新会社として発足)
10月 ★「続東京中央電報局沿革史」の刊行
電電公社東京中央電報局の企画・編纂による出版委託を受け完了
昭和46年
3月

★「海底線百年のあゆみ」の刊行
電電公社海底線施設事務所の出版委託により全1巻完了
4月 ◆協会通常会員2,000名突破
昭和47年
5月

◆網島毅氏会長に就任
★「電気通信自主技術開発史(搬送電話編)」の刊行
★「電気通信自主技術開発史(多重無線編)」の刊行
電気通信創業100年記念事業として、国産電気通信技術開発の歴史を明らかにするため、自主技術開発史の編纂・発行を行うことになり協会が出版委託を受け完了した。
8月 ◆初の英文技術文書作成講習会の開催
3カ月にわたる講座を開講したが、翌年から毎年約1カ年にわたり技術英文作成講座として、通信添削による通信教育を行った。
9月 ★「東京の電信電話―続・東京の電話」(全2巻)刊行
昭和48年
3月

◆電気通信関係の科学技術重要情報集作成の調査実施
科学技術庁より、昭和47年度における総合レビュー活動の一環として、電気通信関係の科学重要情報集作成の調査を受託し、企画・取材・編集を行い、完成原稿として納入した。昭和48年度2回受託し、その完成原稿は「電子通信の現状と展望」として発行された。
★「続・日本無線史」(全3巻)刊行
10月 ◆技術英文作成通信講座を開設

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